Global Lead, Partnerships and Development, Social Enterprise and Creative and Inclusive Economies,
British Council
本セッションでは、インパクト志向の経済を築く上で政府が果たす役割について、各国の動向から得られた示唆が共有された。登壇者を務めたBritish CouncilのTristan氏は、UKおよびアジア大洋州における政策動向を概観したうえで、それらを(1) インパクトビジネスの新類型(New forms of ‘Impact’ Business)、並びに、(2) インパクトビジネスに対する資金流入形態の類型、という視点で整理を行った。
1点目の「インパクトビジネスの新類型」では、企業目的におけるインパクト志向の程度に応じて「Impact First」と「Profit With Purpose」に大別の上、さらに法制度の在り方や認証制度の有無によって、「Impact First」を2分類、「Profit With Purpose」を3分類に分けて考察している。ここでの議論では、各国は利益処分の一定割合を社会的な目的に支出することを義務づけた法人格を認めることにより、インパクト志向の事業活動を政策的に促進していること。他方、多国籍企業をはじめとする大企業に対してソフトローの形態で要請されているCSRの取り組みは、社会課題の解決を主たる目的としたものではなく、自社の事業活動が社会課題の原因とならないように、ステークホルダーに考慮することを目的としている点が示された。
2点目の「インパクトビジネスに対する資金流入形態の類型」では、公的部門と民間部門における政策を俯瞰し、「SIB」「キャンペーン」「公共調達」を挙げた。1つ目の「SIB」は、インパクトビジネスが取り組む課題解決による成果を、公的部門が買い上げる政策として整理されている。この点について、オーストラリアでは、公共投資において、政府がソーシャルインパクトを重視する政策を推進している点が紹介された。2つ目の「キャンペーン」は、経済活動を行う主体がより持続可能な生産並びに消費を行うように啓発活動を政策的に展開することとしている。これらの点については、台湾とタイの事例が紹介された。両国ではは、イノベーション創出のためのフレームワーク(①エージェンシーの特定、②受益者、③メカニズム、④プログラム、⑤基準)を策定し、政府がイノベーションを促進する環境を整備することで、インパクトの創出を目指していることが紹介された。3つ目の「公共調達」では、政府支出を通じて社会課題の解決を促進する事業者からの購入を優先することを政策的に推進することとしている。この点について、既に英国ではSocial Value Actにおいてこうした考えが導入されており、Value for Moneyという考え方により、社会的価値の高い事業を展開する事業者から調達することが実務化されている。
これらの事例が示すように、政府は、純粋な利益追求を図る企業とは異なる制度上の取り扱いを受ける法人格を設置することで、インパクト志向の事業者が社会課題の解決に取り組むうえで使い勝手の良い組織形態を提供することができる。加えて、政府は、事業の成果や生み出す価値を取引の条件とする方針を採用することで、こうした事業者に対し、経済取引を通じた後押しが可能である。
こうした政策が機能するためには、企業の透明性を高める政策が欠かせない。ESG情報に関する日本企業の開示姿勢はここ数年で飛躍的に積極化しているが、それは上場企業の中でも一部に限られた話。このセッションで想定していた企業は上場企業ではなく、むしろ非上場企業だ。
お金の出入りに伴って自動的に記録が取られる会計情報とは異なり、非財務情報の開示には情報収集の手間も費用もかけなければならない。そこまでするだけのメリットが、情報開示の態勢整備に要する費用を上回ることが明らかでなければ自発的には広がらないし、態勢の移行にかかる負担を進んで受け入れる企業も限られるだろう。
こうしてみると、今回の議論は、インパクト志向の経済が実現したと仮定した場合の“理想的な状況”を議論しているだけにすぎず、現状からどのように移行していくかについての具体的な政策に関する議論が手つかずといえる。
非上場企業には、株式市場を通じたESG投資の規律づけが直接には働かない。その意味で、中小企業政策や間接金融のメカニズムへの働きかけが、次のテーマとして重要になってくるのではないか。
レポート:渡邉 光